地獄の釜が開く夜、水底から伸びる無数の手。三陸の島々が恐れる「盆の海」という絶対の禁忌

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現代も守られる「休漁」の3日間

毎年8月13日から16日にかけてのお盆の時期、三陸の漁港や離島の岸壁からは、それまで響いていた漁船のエンジン音がピタリと止まる。

どれほど海が穏やかで、絶好の漁日和であっても、漁師たちは頑なに沖へ出ることを拒む。現代のように科学や気象予報が発達した時代にあっても、この「お盆期間の休漁」という暗黙のルールは、網元から若い漁師にいたるまで、極めて厳格に守られ続けている。

「盆の海には入るな。生きて戻れなくなるぞ」 それは単なる労働の休息日という意味ではない。三陸の島々に生きる人々にとって、この時期の海は、生者が立ち入ってはならない「異界」そのものへと変貌するからだ。

「地獄の釜の蓋」と水底の亡者たち

仏教の伝統において、お盆は「地獄の釜の蓋が開き、先祖の霊が帰ってくる期間」とされる。しかし、数々の凄惨な海難事故や津波の歴史を経験してきた三陸の島々では、この信仰が独特な恐怖の海洋伝承へと結びついた。

お盆の時期、海に戻ってくるのは丁重に供養された先祖の霊だけではない。海で遭難し、遺体も見つからないまま海底を彷徨っている「無縁仏」や「溺死者(仏さん)」の霊も一斉に海面へと浮き上がってくるのだという。

この時期に海に入ると、水底から無数の白く冷たい手が伸びてきて、泳いでいる人間の足を掴み、底へと引きずり込むと言われている。地元の子供たちは、幼い頃から「盆の海で泳ぐと、幽霊に足を引っ張られて溺れる」ときつく言い聞かされて育つ。それは単なる水難事故防止の脅し文句を超えた、リアルな霊的脅威として地域に定着している。

「地獄の釜の蓋」と水底の亡者たち

「盆茣蓙(ぼんござ)」と海に響く泣き声

お盆の時期の三陸沖では、漁師たちの間で「盆茣蓙(ぼんござ)」と呼ばれる奇妙な現象が恐れられてきた。

それは、お盆の夜に船を出してしまった者が目撃する怪異である。平穏だった海面に、突然、巨大な茣蓙(むしろ)を敷き詰めたような、白く平らな「不自然な波の塊」が迫ってくる。それに巻き込まれると、船は身動きが取れなくなり、そのまま転覆させられてしまうという。

また、網地島(あじしま)などの離島周辺では、「盆の夜、無風の海から『ウー、ウー』と大勢の人間が泣き叫ぶような声が聞こえる」「波間に無数の人魂(ひとだま)が漂う」といった、視覚や聴覚に訴えかける伝承も数多く残されている。これらはすべて、帰るべき家を持たない、海に消えた死者たちの「寂しさと怨念」の表れだと信じられてきた。

「盆茣蓙(ぼんござ)」と海に響く泣き声

生者と死者の「領域の分離」

なぜこれほどまでに「盆の海」は忌み嫌われるのか。民俗学的な観点から見ると、これは生者の世界と死者の世界の「境界線」を明確に分けるための知恵であった。

お盆という期間は、死者が主体となる時間である。特に三陸の島々では、海は死者の魂が還っていく場所(他界界)と地続きであると考えられてきた。そのため、死者が帰還する神聖かつ危険な期間に、人間が欲(漁業利益や遊泳の快楽)のためにその領域に踏み込むことは、死者に対する最大の非礼であり、秩序を乱すタブーとされたのである。

さらに、三陸沿岸にはお盆の終わりに船の形をした供養盆に火を灯して海へ流す「精霊流し(舟っこ流し)」の風習が色濃く残る。これは死者の霊を再びあの世へと送り届ける儀式であり、この儀式が終わるまでは、海は「死者の乗り物」で満ちあふれているため、物理的にも霊的にも近づいてはならないとされている。

生者と死者の「領域の分離」

受け継がれる畏怖の念

かつてに比べ、オカルト的な怪談を本気で信じる人は減ったかもしれない。しかし、三陸の島々における「盆の海」の禁忌は、今も形を変えずに生き続けている。

現在でも、お盆期間中に三陸のビーチや海水浴場を訪れると、驚くほど観光客や地元の泳ぎ手が少ないことに気づくだろう。お盆を過ぎると、三陸の海には「クラゲが出る」と言われるようになるが、地元の古老たちに言わせれば、そのクラゲさえも「死者の手の化身」であり、海から人間を遠ざけるための自然の警告なのだという。

自然をコントロールできると過信しがちな現代人に対し、三陸の「盆の海」は、人間が踏み込んではならない領域がこの世界には確かに存在することを、静かに、しかし強烈に告げている。